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教育・訓練2026/3/3113分で読めます

ベテラン社員の暗黙知を形式知化する方法|ナレッジマネジメント実践

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ベテラン社員が長年の現場経験で磨き上げた「カン」や「コツ」。それらは口頭や手本でしか伝わらない暗黙知として、個人の頭の中に蓄積されています。しかし定年退職とともにその知識が失われてしまえば、企業は再び同じ失敗を繰り返し、品質低下や生産ロスに直面するリスクがあります。本記事では、個人に依存した暗黙知を組織の共有資産「形式知」へと変換するための体系的な手順と、AIを活用した最新のナレッジマネジメント手法を解説します。


1. 暗黙知の課題:2025年問題と技術伝承の危機

製造業を中心に、日本の現場では深刻な「技術伝承の断絶」が進行しています。その背景として見逃せないのが2025年問題です。1947年〜1949年生まれの団塊世代が75歳以上の後期高齢者となり、2025年には65歳以上が3,500万人を超えました。国民の3人に1人が65歳以上という超高齢化社会において、製造現場に長く携わってきたベテラン技能者の大量退職は、ものづくりの根幹を揺るがすリスクとなっています(出典:2025年問題 - 日本の製造業への影響)。

経済産業省・厚生労働省・文部科学省が公表した2025年版ものづくり白書によると、製造業の就業者数はこの20年で約157万人減少しており、特に34歳以下の若年層が大幅に減少しています。一方で65歳以上の高齢就業者の割合は倍増しており、高齢化・技能伝承問題の顕在化が指摘されています(出典:ものづくり白書2025)。

また、八千代ソリューションズ株式会社の調査(2025年1月)によれば、設備保全技術の伝承が完了するまでに「5年以上必要」と回答した現場関係者は全体の4割を超えています。技術伝承に5年以上かかるとすれば、引き継ぎが完了する前に熟練者がいなくなる危機的状況に直面している企業は少なくありません(出典:製造業の保全技術伝承問題)。

さらに問題を複雑にしているのが、ベテランが持つ知識の多くが「暗黙知」であるという点です。暗黙知とは、言語化や文書化が難しく、経験と感覚に基づいた知識のことです。「なぜこのタイミングで刃物を交換するのか」「この音が聞こえたときは異常の前兆」といった判断は、長年の現場経験によって身体に染み込んだ知識であり、マニュアル一枚で簡単に引き継ぐことはできません。

製造業の事業所の61.8%が「指導する人材が不足している」と回答しており、技能継承を担う指導者の不足が技術断絶をさらに加速させています(出典:2024年版ものづくり白書)。このまま放置すれば、退職とともにその企業にとって取り返しのつかないノウハウが失われることになります。


2. SECIモデルの活用:暗黙知から形式知への変換プロセス

暗黙知を組織全体で活用できる形式知へと変換するための理論的な枠組みが「SECIモデル」です。これは一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が提唱した知識創造理論であり、4つのプロセスによって知識が螺旋状に発展していく仕組みを説明しています(出典:SECIモデルとは)。

共同化(Socialization)

まず最初のステップは「共同化」です。ベテランと若手が同じ現場で共に作業することで、ベテランの暗黙知が若手に直接伝わるプロセスです。OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)がこれにあたります。「見て覚える」「背中を見て学ぶ」という日本の職人的な技能伝承の場面です。

表出化(Externalization)

次が「表出化」です。これが暗黙知を形式知に変換する最も重要な段階です。ベテランが言語化しにくい経験則や判断基準を、インタビューや対話を通じて言語・図解・手順書として書き出していきます。「なぜそうするのか」を繰り返し問いかけることで、本人さえ意識していなかった知識が言語化されます。

結合化(Combination)

「結合化」は、複数の形式知を組み合わせて新たな知識体系を構築するプロセスです。個々の手順書・マニュアル・チェックリストをデータベースとして統合し、体系的なナレッジベースへと発展させます。

内面化(Internalization)

最後の「内面化」は、形式知を実際の業務で活用することで、個人が新たな暗黙知として習得するプロセスです。若手がナレッジベースを参照しながら業務を行うことで、次世代の暗黙知が育まれます。

重要なのは、SECIモデルが1回転で終わらない「螺旋」であるという点です。 内面化で育まれた新たな暗黙知が再び共同化・表出化されることで、組織の知識は継続的に発展します。この知識の循環を意図的に仕組みとして設計することが、持続的なナレッジマネジメントの本質です(出典:SECIモデルとナレッジマネジメント)。


3. ナレッジ化の方法:インタビュー・動画記録・作業分解の実践

SECIモデルを理解したうえで、実際にどのような手順で暗黙知の形式知化を進めればよいのかを具体的に解説します。

1. 構造化インタビューの実施

まず有効なのが、インタビューによる知識の引き出しです。ただし、「何かコツがありますか」という漠然とした質問では、ベテランは「経験ですね」としか答えられないことがほとんどです。

効果的なインタビューには「問題解決型の問い」が必要です。例えば「この工程で過去に起きたトラブルは何ですか?」「そのとき、どうやって原因に気づきましたか?」「その判断はどうやって学びましたか?」と、具体的な経験をたどる形で質問を重ねます。重要なのは「なぜそうするのか」を繰り返すことで、習慣化されて意識されなくなっている知識を言語化することです。

2. 動画記録による作業可視化

言語化が難しいスキルには動画記録が有効です。特に「力加減」「速度調整」「感触」など、テキストでは表現しきれない身体知は、動画・モーションキャプチャ・センサーデータを組み合わせることで定量化が可能になります。撮影した動画には、ベテラン本人に解説のナレーションを入れてもらうことで、映像だけでは伝わらない「なぜそう動くのか」の根拠も同時に記録できます。

3. 業務の作業分解(タスクアナリシス)

次に、業務全体を細かい作業単位に分解する「タスクアナリシス」を行います。「設備点検」という大きなタスクを「アクセスパネルを開ける」「○○センサーの数値を確認する」「異音の有無を聴診する」といった具体的な手順に分解し、各ステップでの判断基準・注意点・過去のトラブル事例を紐付けます。

この分解によって、ベテランが「当然のこと」として意識せずにやっていた確認動作が初めて可視化されます。経験の浅いスタッフがどこで詰まるかも明らかになるため、優先的に形式知化すべき箇所が特定できます。

4. チェックリスト・判断フローの整備

抽出した知識をもとに、誰でも同じ判断ができるチェックリストや意思決定フローを作成します。「○○の数値が△△以上の場合は部長に報告する」「加工面に○○が見えたら工具交換のサイン」という形で、ベテランの経験則を条件分岐として整理することで、判断基準の標準化が図れます。


4. AIを活用したナレッジ管理:自動文書化と検索可能なDB構築

近年、AI技術の進歩によって、暗黙知の形式知化プロセスは大きく効率化されています。

AIインタビューによる知識抽出の自動化

最も注目されているのが「AIインタビューエージェント」の活用です。NTTデータは2026年に、AIが自律的に熟練者へインタビューを行い、暗黙知を形式知として整理する「インタビューエージェント」システムを発表しました。このシステムは「質問生成エージェント」「回答分析エージェント」「アウトプット生成エージェント」などの複数のAIエージェントが連携し、3ステップのインタビュー(全体概観の確認→初期質問の生成→各プロセスの深掘り)を通じて構造化された形式知を生成します(出典:AIエージェントがインタビュアーに)。

また、デロイト トーマツグループも2025年2月に、企業内の暗黙知をデータ化する「AIインタビューエージェント」を開発したと発表しています(出典:デロイト トーマツ AIインタビューエージェント)。

従来の構造化インタビューには熟練したインタビュアーの存在が不可欠でしたが、AIがインタビュアーの役割を担うことで、専門スキルがなくても高品質な知識抽出が可能になります。

検索可能なナレッジデータベースの構築

抽出した形式知は、単にPDFやWordで保存するだけでは不十分です。いつでも必要な情報を瞬時に呼び出せる検索可能なデータベースとして整備することが重要です。生成AIを活用したナレッジベースでは、「○○工程の異常音の対処法」「△△部品の交換タイミング」といった自然言語での検索が可能になり、若手スタッフが現場で即座に必要な情報を得られる環境が実現します。

動画・センサーデータの自動解析

AI画像解析技術を活用すると、熟練技能者の作業動画を自動解析し、動作パターンの特徴を抽出することができます。例えば、デンソーでは熟練検査員の判断基準をAIモデルに学習させ、若手でも同等水準の検査精度を実現した事例があります(出典:製造業AI活用事例2025)。

WhyTrace Plusのナレッジ蓄積機能

なぜなぜ分析やFTA(故障の木解析)をAIが支援するプラットフォーム「WhyTrace Plus」では、分析結果をそのままナレッジベースとして蓄積し、過去の事例を検索・再利用できる機能を備えています。現場で発生した問題の根本原因と対策が積み上がるほど、類似事例の参照が容易になり、ベテランの「経験知」をシステム内に蓄積していくことができます。無料プランから始められるため、まずはwhytrace.comでその仕組みを確かめてみてください。


5. 事例:ベテラン技能者のカン・コツをAIインタビューで記録した工場

AIを活用した暗黙知の形式知化は、すでに複数の製造現場で実証されています。

ある精密機械部品工場での取り組み

精密機械部品を製造するある工場では、熟練技能者の「材料の温度変化による加工精度のズレ」を補正するノウハウが、特定のベテランにしか引き継がれていないという問題を抱えていました。担当者が語るには、「感覚としてはわかっているが、どうやって教えれば良いかが難しい」という状況でした。

そこでAIインタビュアーを活用し、熟練者が過去に経験したトラブル事例を中心に体系的なインタビューを実施しました。AIは「その補正をしなかったとき、どんな問題が起きましたか」「補正量の判断基準はどのように身につけましたか」と掘り下げることで、熟練者自身も言語化したことがなかった判断フローが初めて文書として整理されました。

三菱総合研究所「匠AI」の事例

三菱総合研究所は「匠AI」という枠組みで、熟練技能者のノウハウをAIに取り込む取り組みを進めています。ある鋳造工場での実証実験では、純銅鋳造製造工程における熟練者のみが把握していた「製造工程途中でのばらつき測定と添加剤の投入タイミング」という暗黙知を、AIが学習・再現することに成功しました。データ量が不足する段階では、過去データの特徴を可視化してベテランに示し、気づきを促すことで、説明困難なノウハウを引き出すというアプローチが取られています(出典:三菱総合研究所 匠AI)。

NTTデータと川崎重工業の設計業務での取り組み

NTTデータは川崎重工業の設計業務において、熟練設計者の暗黙知をAIインタビューエージェントで形式知化し、若手設計者に伝承する取り組みを進めています。熟練設計者が持つ「この設計条件ではなぜこの判断をするのか」という経験則を体系化することで、若手が業務上の不明点を解消し、従来より効率的に設計業務を遂行できることを目指しています(出典:NTTデータ 技術のバトンをつなげ)。

これらの事例が示すのは、AIインタビューという手法が「専門的なインタビュアーが社内にいなくても暗黙知を引き出せる」という現実的な選択肢になりつつあるという点です。重要なのは、AIはあくまで引き出しのツールであり、引き出した知識を現場で活用できる仕組みとして整備することが企業側の役割であるという点です。


まとめ

ベテラン社員の暗黙知を組織の資産に変えるには、体系的なアプローチが必要です。本記事で解説したポイントを整理します。

  • 2025年問題の深刻さ: 製造業の就業者数は20年で157万人減少。設備保全技術の伝承に「5年以上必要」と回答した現場が4割を超えており、引き継ぎ前に熟練者が退職するリスクが高まっています。
  • SECIモデルの活用: 共同化→表出化→結合化→内面化の螺旋プロセスを意図的に設計することで、個人の暗黙知を組織の知識として循環させます。
  • 実践的な形式知化の手順: 構造化インタビュー・動画記録・タスクアナリシス・チェックリスト整備を組み合わせることで、言語化しにくい経験則を可視化できます。
  • AIの活用: AIインタビューエージェントや生成AIを活用することで、専門的なインタビュアーがいなくても高品質な知識抽出と検索可能なナレッジベースの構築が実現します。

技術伝承は「誰かが辞める前に何とかする」という場当たり的な対応では間に合いません。今すぐ仕組みとして整備を始めることが重要です。

現場での問題解決と並行してナレッジを蓄積していきたい方には、AIがなぜなぜ分析・FTAを支援しながら過去事例をデータベース化できる「WhyTrace Plus」が参考になります。無料プランから始められるため、まずはwhytrace.comでその仕組みをご確認ください。暗黙知の形式知化は一朝一夕には進みませんが、小さな一歩が将来の大きな資産となります。


参考資料


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