ヒューマンエラーの分類と対策|SHELLモデルとm-SHELで人的要因を分析
「作業者の確認不足が原因でした」「次回から注意します」——事故やトラブルの報告書がこの一行で終わってしまう現場は少なくない。だが、本人の注意力に責任を帰着させた対策は、ほぼ確実に同じ事故を繰り返す。注意力は時間とともに必ず低下するものであり、人の意識だけを頼りにした再発防止は成立しないからだ。
ヒューマンエラーを減らすには、「なぜその人がミスをしたのか」を本人の周囲——手順書、設備、環境、組織——にまで広げて分析する視点が要る。本記事では、ヒューマンエラーの分類体系と、人的要因を構造的に洗い出すSHELLモデル・m-SHELの使い方を解説し、なぜなぜ分析と組み合わせて根本対策へつなげる手順までを整理する。
「人のせい」で止まる分析を、「仕組みのどこに穴があったか」まで掘り下げたい現場へ。 WhyTrace Plus は、ヒューマンエラーの背後要因をAIが対話形式で深掘りする根本原因分析プラットフォームです。
1. ヒューマンエラーとは――分類の前に押さえる定義
ヒューマンエラーとは、人間が意図した結果と実際の行動・結果との間に生じたズレのことである。単なる「うっかりミス」だけを指す言葉ではなく、判断の誤り、手順の逸脱、知識不足による失敗まで幅広く含む。
重要なのは、ヒューマンエラーが労働災害の大半に関与しているという事実だ。厚生労働省の労働災害原因要素の分析によると、労働災害の約8割に人間の不安全な行動が含まれているとされる(2026年時点)。さらに、ヒューマンエラーによる労働災害の要因分析では、最も多いのが「危険軽視・慣れ」で全体の半数近くを占め、その内訳では不適切な動作・位置・姿勢、規則等の不遵守といった不安全行動が約9割に上るとされている(参考:ヒューマンエラー|職場のあんぜんサイト 厚生労働省)。
この数字が示すのは、ヒューマンエラー対策が安全・品質マネジメントの中核だということだ。そして「危険軽視・慣れ」のような心理的要因は、本人の意識喚起だけでは制御しきれない。だからこそ、エラーを「分類して構造的に見る」アプローチが必要になる。
2. ヒューマンエラーの分類――意図の有無で4つに分ける
ヒューマンエラーの分類とは、エラーを発生メカニズムごとに区分し、対策の方向性を変えるための整理法である。最も実務で使いやすいのが、行動に「意図があったか」で大別する分け方だ。
| 大分類 | 小分類 | 内容 | 典型例 |
|---|---|---|---|
| 意図しないエラー(過誤) | スリップ | 行動の実行段階の失敗 | 押すボタンを間違える、言い間違い |
| 意図しないエラー(過誤) | ラプス | 記憶の脱落による失敗 | 手順の飛ばし、確認忘れ |
| 意図したエラー(過誤) | ミステイク | 計画・判断そのものの誤り | 誤った手順を正しいと思い込む |
| 意図的な逸脱 | バイオレーション | ルールを承知で破る | 近道行動、保護具の不着用 |
スリップとラプスは「やろうとしたができなかった」エラーであり、設備のインターロックやチェックリストといった仕組みで補える。ミステイクは「やろうとしたこと自体が間違っていた」エラーで、教育・訓練や情報提供が効く。バイオレーションは「あえて破った」行動であり、ルールの妥当性そのものや、守れない作業環境を疑う必要がある。
分類が重要なのは、対策の打ち手が分類ごとに根本的に異なるからだ。ラプスに「教育を強化する」と打っても効果は薄く、バイオレーションに「注意喚起のポスター」を貼っても近道の動機は消えない。分類を誤れば対策も外れる。エラーの型を見分ける詳しい手順は、なぜなぜ分析でよくある失敗パターンと回避法でも解説している。
3. SHELLモデルとは――人を取り巻く4要素で背後要因を洗い出す
SHELLモデルとは、ヒューマンエラーの背後要因を「人(L)」を中心とした周囲の要素との関係で捉えるフレームワークである。もともと航空分野のヒューマンファクター工学で発展し、医療・製造・鉄道など高い安全性が求められる分野に広がった。
SHELLは、中心に置く当事者(L:Liveware)と、それを取り囲む4つの要素の頭文字からなる。
| 要素 | 英語 | 内容 | 現場での例 |
|---|---|---|---|
| S | Software | 手順書、マニュアル、教育、ルール | 作業手順書の記載不備、教育の不足 |
| H | Hardware | 設備、機器、工具、治具 | 操作しにくいボタン配置、識別しにくい表示 |
| E | Environment | 作業環境、照明、騒音、温度、レイアウト | 暗くて目視確認が困難、騒音で指示が聞こえない |
| L | Liveware(中心) | 当事者本人 | 知識・技能・体調・心理状態 |
| L | Liveware(周囲) | 本人以外の人、上司・同僚 | 指示の伝達ミス、報連相の不全 |
ポイントは、中心の「L(本人)」と各要素の「接面(インターフェース)」に着目することだ。エラーは本人の能力不足からだけでなく、本人と手順書(L-S)、本人と設備(L-H)、本人と環境(L-E)、本人と他者(L-L)のかみ合わせが悪いときに起きる。たとえば「確認漏れ」というエラーも、SHELLで分解すれば「チェック項目が手順書に書かれていない(L-S)」「確認すべき計器が見えにくい位置にある(L-H)」「照明が暗い(L-E)」と、本人の外側に複数の要因が見つかる。
この「接面のズレ」を一つずつ点検することで、「注意します」では終わらない、具体的に変更可能な対策にたどり着ける。
4. m-SHELモデルとは――マネジメント(m)を加えた拡張版
m-SHELモデルとは、SHELLモデルにマネジメント(m:management)の視点を加え、組織的な背後要因まで分析できるよう拡張したフレームワークである。日本では東京電力のヒューマンファクターグループが提唱した形が広く知られている。
m-SHELでは、S・H・E・L・Lの5要素の外側を「m(マネジメント)」が取り囲む構造になっている。マネジメントが最外周に置かれるのは、「管理がすべての基盤である」という思想に基づく。各要素の品質——手順書を整備するのも、設備を更新するのも、教育を計画するのも、最終的には組織のマネジメントが決めているからだ(参考:m-SHELモデルとは|工場サプリ、JAXA ヒューマンファクタ分析ハンドブック JERG-0-018A)。
SHELLとm-SHELの使い分け
| 観点 | SHELLモデル | m-SHELモデル |
|---|---|---|
| 分析の範囲 | 当事者と直接の作業環境 | 組織のマネジメントまで |
| 向いている場面 | 個別作業のエラー要因の特定 | 重大事故・繰り返す事故の組織分析 |
| 強み | シンプルで現場が使いやすい | 根本原因が組織・制度に及ぶ場合に強い |
軽微なヒューマンエラーの日常分析にはSHELLで十分なことが多い。一方、同じ種類の事故が部署をまたいで繰り返される、あるいは重大災害につながりかねないケースでは、m-SHELで「なぜそのルールしかなかったのか」「なぜその設備が放置されていたのか」という管理の問題まで掘り下げる価値がある。
m-SHEL分析の進め方(4ステップ)
- 事象の事実確認:誰が・いつ・どこで・何をして、どんな結果になったかを時系列で整理する。憶測や評価を混ぜない。
- 各要素への分解:m・S・H・E・L・Lのそれぞれに、エラーに関与した可能性のある要因を書き出す。
- 接面の点検:本人(中心のL)と各要素のかみ合わせのうち、どこにズレがあったかを特定する。
- 要因の優先順位づけと対策立案:影響度の高い要因から、変更可能な対策に落とし込む。
なぜなぜ分析をAIで体験してみよう
SHELLやm-SHELで洗い出した各要素の要因は、そのままでは「手順書が不十分」程度の粒度にとどまることが多い。「なぜ手順書に確認項目がなかったのか」をAIに対話形式で掘り下げさせると、組織的な根本原因まで一気に到達できる。実際の事象を入力して試してみてほしい。
5. SHELL・m-SHELとなぜなぜ分析の連携――要素の洗い出しから根本原因へ
SHELL・m-SHELは要因を「広く・漏れなく」洗い出す手法だが、個々の要因を「深く」掘り下げる力は弱い。ここになぜなぜ分析を接続すると、背後要因の特定から根本原因の特定までが一本につながる。
連携の流れ
- m-SHELで関与要因を網羅的に列挙する:6要素それぞれにエラーへの寄与要因を書き出し、抜け漏れをなくす。
- 影響度の高い要因を選ぶ:列挙した要因のうち、エラーへの寄与が大きいものを2〜3件に絞る。
- なぜなぜ分析で各要因を掘り下げる:選んだ要因に「なぜそれが起きたのか」を4〜5回繰り返し、組織・制度レベルの根本原因まで到達する。
- 根本原因に対策を立て、再発の構造を断つ:本人の意識ではなく、仕組み・ルール・設備に対する是正処置を立案する。
たとえば「作業者がボルトを締め忘れた(L)」という事象を、m-SHELで分解すると「作業手順書に締結確認の工程がない(S)」という要因が浮かぶ。これになぜなぜを重ねると「手順書を改訂するルールが部署内に存在しない(m)」という管理の欠落にたどり着く。ここまで来てはじめて、「手順書の定期改訂プロセスの制度化」という持続する対策が生まれる。
連携のメリット
SHELL・m-SHELだけで止めると、要因リストは作れても対策が「教育の徹底」「注意喚起」といった人依存の打ち手に流れやすい。なぜなぜ分析を重ねることで、人の意識に頼らない仕組み側の対策——インターロック、ポカヨケ、手順の標準化、改訂プロセスの制度化——へと対策の重心が移る。これがヒューマンエラー再発防止の費用対効果を決定的に高める。
「作業者の不注意」で終わっていたエラー分析を、組織の仕組みの問題まで掘り下げませんか?
WhyTrace Plus は、SHELLやm-SHELで洗い出した背後要因を登録すると、AIが「なぜ?」を対話形式で深掘りし、人的要因と組織要因の因果関係をツリー図で可視化します。Excelでバラバラに管理していた分析を一元化し、ヒューマンエラーの傾向を組織のナレッジとして蓄積できます。
6. ヒューマンエラー対策の基本――分類別の打ち手
ヒューマンエラー対策とは、エラーの発生そのものを抑える「発生防止」と、起きても結果につなげない「波及防止」の二段構えで講じる打ち手である。分類とSHELL要素を踏まえると、対策の方向が定まる。
| エラー分類 | 主な対策の方向 | 具体策の例 |
|---|---|---|
| スリップ | 行動の物理的制約 | ポカヨケ、色分け、形状の差別化、インターロック |
| ラプス | 記憶の外部化 | チェックリスト、指差呼称、工程表示 |
| ミステイク | 知識・判断の支援 | 教育訓練、判断基準の明文化、情報提示の改善 |
| バイオレーション | 動機と環境の是正 | 守れるルールへの見直し、近道できない動線設計 |
対策の優先順位には原則がある。「人の注意に頼る対策」より「人が間違えても事故にならない設計」のほうが効果が持続する。具体的には、(1)危険源の排除・代替 → (2)工学的対策(設備・治具)→ (3)管理的対策(手順・教育)→ (4)個人の注意、の順で上位の対策を優先する。
「危険軽視・慣れ」が労働災害の主因の半数近くを占めるという統計(厚生労働省、2026年時点)が示すとおり、慣れによる注意低下は避けられない。だからこそ、注意力に依存しない上位対策へ重心を置くことが、ヒューマンエラー対策の出発点になる。ヒヤリハットの蓄積から傾向を掴む手法は、ヒヤリハット活動の事例集も参考になる。
よくある質問(FAQ)
Q. SHELLモデルとm-SHELモデルはどちらを使えばよいですか?
日常的な軽微エラーの要因分析にはSHELLで十分です。同じ事故が繰り返される、または重大災害につながりうるケースでは、組織のマネジメント要因まで掘り下げられるm-SHELが向いています。まずSHELLで始め、組織課題が疑われたらm-SHELに切り替える運用が現実的です。
Q. ヒューマンエラー分析で「本人の責任」にしないコツはありますか?
事実確認の段階で、本人の評価(注意不足など)を書かず、起きた行動だけを記録することです。そのうえでSHELL・m-SHELの各要素に要因を割り当てると、自然に手順書・設備・環境・組織へ視点が広がり、本人責任で止まらなくなります。
Q. なぜなぜ分析とm-SHELはどう使い分けますか?
m-SHELは要因を「広く・漏れなく」洗い出す横方向の分析、なぜなぜ分析は要因を「深く」掘り下げる縦方向の分析です。m-SHELで関与要因を列挙し、影響度の高い要因をなぜなぜ分析で根本原因まで掘る、という縦横の組み合わせが効果的です。
Q. 小規模な現場でもm-SHEL分析は使えますか?
使えます。要素が6つと決まっているため、専門知識がなくても抜け漏れを防ぎながら分析を進められます。対象を重大度の高い事象に絞り、1件あたり30分程度のミーティングで6要素を埋めるところから始めるとよいでしょう。
まとめ
ヒューマンエラー対策の核心は、「人のせい」で終わる分析を「仕組みのどこに穴があったか」へ転換することにある。本記事の要点を整理する。
- 分類:スリップ・ラプス・ミステイク・バイオレーションの4型に分け、型ごとに対策の方向を変える。
- SHELLモデル:当事者(L)を中心に、Software・Hardware・Environment・周囲のLとの接面のズレから背後要因を洗い出す。
- m-SHEL:SHELLにマネジメント(m)を加え、組織・制度レベルの要因まで分析する拡張版。
- なぜなぜ分析との連携:m-SHELで要因を網羅し、影響度の高い要因をなぜなぜ分析で根本原因まで掘り下げる。
- 対策の優先順位:人の注意に頼る対策より、人が間違えても事故にならない上位対策(排除・工学的対策)を優先する。
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著者
國分 良太
制御設計エンジニア → AI・IoT・DX推進|AIコンサルタント|東京の製造業メーカー開発部門
製造業の現場で設備設計・改善プロジェクト・品質向上施策に従事。なぜなぜ分析(RCA)やリスクアセスメントの実務経験をもとに、現場DXを支援するアプリケーションの開発と情報発信に取り組んでいます。AIコンサルタントとして、企業のAI・生成AI活用や現場DX導入の支援も行っています。
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